プロを考える

2012年2月15日 (水)

プロを考える(7)~プロの条件~

過去3回、芸術、スポーツなど、金融以外の分野における「プロ」をとりあげた。そこに共通したものをとりあげると、次のような姿が浮かんでくる。

 

1.厳しい競争にもまれ、専門的な知識、技術を持ち、常に維持し続ける事。

  -長い道のり、終ることがない(24/7の世界)。

  -時代の変化に合わせ、常に変化して生きる。行く先々で吸収してやまない

      探求心。

  -プロは常に求め続け、進歩する。

  -努力しないで出世する法などない。

 

2.自分がやりたいと思ったら、その信念を通すという意志、決断力を持つ事。

  -自己管理のできる事は最低限の資質。

 

3.いつも初心:芸の極致とは、いつも初心で演じることであり、初心を演じきる  

  事。

  -いつも全力投球。勝とうとする意志。

  -人それぞれ。基礎的なテクニックが大切。あまり技術的な事にかかずらない。

  -そのもの(例・音楽)を演じるのでなく、それ以外の何かがなければならない。

 

4.プロに失敗はない。失敗している間はプロではない。

 -「猿も木から落ちる」とか、「弘法も筆の誤り」はない。

 -プロにビギナーズ・ラックはない。ほんとうのプロであれば、その勝ちはプロだからだ。

 

5.プロは常に、自分に報酬を与えてくれる会社、顧客にSatisfactory(期待以上の満足感)を返さなければならない。

 

これらはいわば、プロであるための共通項である。専門分野それぞれに目的と目標がある。

 

そこで「金融市場のデイーラー」の場合:

 ・目的:ある一定期間における、約束された収入(例えば年収の20倍)の獲得。

 ・目標:為替、金利、株式などあらゆるオプションを自由に使える技術の習得と、取引可能な市場への自由なアクセスの確保と人脈の蓄積。

となろう。

 

 技術力で、日本が世界で劣っているとは思わないが、プロの人材、ソフトなど利用可能なものは世界にあふれている。金融界でも、コンピューター精度の飛躍的な高度化によりすすんだ金融技術をいかに的確に評価し、活用するかが問われている。

その評価のためには、業務の柱とする専門領域を知る「プロ」が必要。会社内で育成する時間的な余裕がない業務は、外部から招請するしかない。競争力を高め、このグローバルの荒波を越えるためには、今までにない発想で「攻めていく」戦略こそが、勝ち残る決め手である。

2012/2/15 0:10

 

2012年2月13日 (月)

プロを考える(6)~3.映画監督~

ハ)伊丹十三氏(映画監督)

今年は、伊丹十三監督の没後15周年。NHKが「伊丹十三を語る“男目線”と“女目線”」という番組を2月23日と24日にBSプレミアムで放送する。

 

初日(23日午後10:00~11:00)は、ドキュメンタリー“伊丹十三「お葬式」への道”。男目線のドキュメンタリーで、映画監督や俳優など身近にいた男たちの証言で伊丹人物像を掘り起こす。

二日目(24日同時間)は、伊丹と宮本信子の夫婦生活を描くドラマを宮本信子が語り部として登場(伊丹十三役:平岳大、宮本信子役:近衛はな)。

 

そこで、今日は伊丹十三監督の言葉:

『俳優さん達は皆さんがプロ。その人たちに、それでいいでしょう、と言う言葉はない。それではプロの方に失礼だ。』

100%ではなく、110%120%の力を出してもらうのが、プロへの礼儀であり、それが監督の仕事である。』

 

これらの言葉は、プロと仕事をする人、あるいはプロを監督、指導する立場の人に対する、プロとの関わり方についての指導者論、極意のようなものである。

 

<プロのトレーダーやファンド・マネージャーを監督する人に対する言葉>

①プロとは自己管理ができる人。従って監督者たるもの、その前提で一歩先をゆく指導の出来ることが当然の要件。すなわちその人のできないことをやらせることで、その人の能力を判定する力を持たなければならない。

②プロから仕向けられる議論、反論に、いつでも答えられるように、指導者自らの訓練、鍛練が必須。できなくなった時が、引退の時だ。それだけ新しいことを取り入れ、消化し、自分のモノにすることに貪欲でなければならない。

 

<まとめ>

これまでの話に共通しているのは、「プロが舞台に乗る時は、いつでも命懸け」「プロとは、常にその世界の第一人者や最高技術を認識し、いつも一歩でも上位を追究する努力を怠らない人」なのである。世界におけるグローバル・スタンダードとは、まさにこのようなプロ同士の戦いである、ということ。

実際に取引を行う人(Transactor)だけでなく、その管理者、あるいは経営者でさえも同じ土俵で話ができなければならない、ということでもある。これらの姿勢、覚悟をしっかりと認識しなければならない。

2012/2/13  23:50

2012年2月12日 (日)

プロを考える(5)~2.サッカー~

『ワールドカップでの戦いは戦争と同じだ。外国の代表選手は、「負けたら死ぬ。」との覚悟で、戦いに挑んでいる。』

これは一回ごとを真剣勝負で闘う勝負力と最後の笛が鳴るまで維持する精神力を表す言葉だ。最近では対シリアのオリンピック予選で終了間際に点を取られ敗退したが、この言葉を聞くと、ハタ!と思い当たる。代表選手の心構えに、勝者になった人との間で、根本的な差があったのではなかろうかと・・・。

よくリラックスさせるために、“ Have fun ! (楽しんでらっしゃい!)”との言葉を使うが、アマチュアならいざしらず、プロに対しては失礼な言い方だ。

また、どんなに遅くても、挨拶する時に「おはようございます!」と言う世界があるが、この言葉もせいぜいプロ同士が、挨拶代りに使うものと思った方がいい。

プロの世界では、勝者のみが、“ I had fun ! ”と言って使える言葉だ。言うまでもないが、プロの道とはそれだけ厳しい世界である。次のオリンピック予選も、この「負けは死(負けたら自分のサッカー人生は終わり)」との覚悟で戦いを挑まなければ、また同じ事が繰り返されるであろう。

<トレーダーやファンド・マネージャーに置き換えた言葉>

①真のプロたるディーラーは、「負けたらディーラーの職を失う」と命を賭けて戦う覚悟がいる。

②相場は247の世界。真のプロ(REAL Pro)と普通のプロ(MEDIOCRE Pro)の違いは、この心構えの違いにある。

この意味で、スポーツの世界と同じだ。すなわち、丁稚から勝ち上がってきたディーラーと、ローテーションによるディーラーでは、プロとアマほどの違いがあるということである。

③その真のプロがを育てるためには、真のプロが育つ制度(公平に動機づけられた評価システムやインセンティブ・システム)や、環境(後記・ハの話にも通じるが、真の監督、競争相手の存在)が必要。そして常に世界最強(The State of the Arts)を指向するトップ経営者のコミットがあってこそ成し遂げられるものだろう。

(2012/2/12  14:30)

 

2012年2月 5日 (日)

プロを考える(4)~1.アナウンサー~

プロについて、金融業界とは異なる世界における「プロの生き方、心構え」と、「マーケットのプロとは何か」について重ね合わせてみた。

1.最初は、古い人だが伝説的なNHKアナウンサー・宮田輝さんの言葉。直に指導を受けた知人から聞いた話だが、今でも含蓄ある言葉だ。

<プロとしての仕事>

アナウンサーとして、プロと呼ばれる人と、アマチュアと「言われる人の違い。

イ)情報収集のやり方と、その量の豊富さ。

  仕事に関する事柄、人物などの事前勉強、取材は量が勝負。

  自分で答えがわかる質問を行い、常に自分の知識の中で話が展開できる術。

ロ)一点絞り。他はぼかす術を持つ。

  得意でない分野にきた時、うまく自分の領域に転換できる術。

ハ)アドリブのうまさ。

  自分の描いたシナリオ通りに事態が進まなかった時に、

  お客さまにわからないように、軌道修正する術。

<トレーダーやファンド・マネジャーに置き換えた言葉>

イ)多くの情報から新たな相場展開を読めるようになるためには、

  情報を豊富に持ち、アップデイトしていくと同時に、

  常に頭の中で発酵させておくことが決め手。

ロ)簡単に言えば、自分の得意技を持ち、その領域で勝負すること。

  ディーリングの世界、途中経過も大事だが、結果がより重要。

ハ)相場の世界は、確率が50:50。

  常にシナリオ通りに相場が動いていかないリスクを覚えておくべし。

  シナリオからずれ始めた時の見極めと、その対処の仕方について、

  常に想定して置かなければならない。

(2012/2/5  0:45)

2012年1月10日 (火)

プロを考える(3)~ゼネラリストとスペシャリスト~

 

広辞苑で、「プロ」を引くと「専門的、職業的、アマチュア(職業でなしに携わる人)の反対」とある。

「専門」とは「一つの事に限って専ら従事する事」であり、「職業」とは「日常従事する業務、生計を立てるための仕事」とある。

また「専門家」で見ると「ある学問分野や事柄などを専門に研究・担当し、それに精通している人」と言う。

 

とすると、「一つの事」をどのように捉えるかによって、「専門性」は異なってくる。「経営のプロ」「為替のプロ」「審査のプロ」は考えられるが、「銀行のプロ」「証券のプロ」と言う言葉は、範疇が広すぎてとらえようがない。

 

大きくいえば、「経営のプロ」たる「ゼネラリスト」と、会社を支える「スペシャリスト」の集団により、会社は成り立っている。

 

そして「スペシャリスト」は、利益を生む「プロデューサー」と、審査、リスク管理、税務、会計、決済等の現場を支える「サポーター」や「オペレーター」により構成される。

 

例えば「ディーラーのプロ」という職業があるとすれば、それは銀行員、会社員とは違う。「銀行員でありながら、相場のプロであること」は二つの仕事を両立させることと同じことになる。存在を否定するものではないが、同時に極めることは相当の覚悟と修練が必要である。

 

グローバル社会での競争で、外国勢に打ち勝つために必要なことは、専門家集団を持つことである。そのためには、個人の力量を高めていくことが求められる。そこには、差のつけない結果平等ではなく、努力した人が報われる「機会平等」の仕組みが必要である。私が聞いた、八代政基氏が新生銀行の社長になったときの言葉が印象的だ。

 

その言葉を意訳すれば、「5年後には新生銀行以外の会社でも活躍できるように自分で目標を立てて勉強せよ。そのための必要な材料は銀行が用意する」となる。ここに機会平等の精神がある。

 

退職まで同一企業に勤務することもひとつの選択肢であるが、それはどちらかと言えばリーグ戦の社会と言える。より高めを目指す人によっては、もう一つの道もあってしかるべきで、それがトーナメント戦である。私は、日、欧、米の金融機関に勤務したが、どちらかと言えば日本はリーグ戦の社会、欧米はトーナメント戦の世界であった。

 

(つづく)

 

 

 

2012/1/10 13:10

 

2012年1月 9日 (月)

「プロを考える」(2)~レベル・フィールドでの戦いは、プロの出番~

70円台という円高は否応もなく、日本企業をアウトバウンドに向かせる。1998年の国際金融制度のビッグバンが、日本企業全てにとってグローバル・スタンダードを意識せざるを得なくなった大きな出来事であった。しかし今は企業の生死を分けるほどの深刻な状況に置かれていると言ってよい。

 

自由競争のグラウンドは、「国際金融市場の中の東京市場」ではなく、「東京市場も一員である国際金融市場」という場所だ。世に言う、国境のない「ボーダーレス・マーケット」での戦いである。

 

技術力も、商品開発力も、信用力のある世界企業は、売られすぎた日本の市場を新たな宝の山として、虎視耽々と進出のタイミングを狙っている。一方日本企業は円高を武器に世界進出を狙っている。まさにこれら列強な相手と、本格的にレベル・フィールド(同じ土俵)で勝負する時代である。

 

 

そこでは、日本型経営とアングロサクソン型経営がぶつかり合うことになる。グローバル・スタンダードが、欧米、中でもアメリカン・スタンダードそのものであるとすれば、日本企業もこのスタンダードに合わせることが、同じ土俵に立つことになる。しかし、国の文化はそう簡単に変わるものではないし、一気に変える事はできない。ただ、変えていかなければならないものがあることも事実だ。

 

 

先日、日本のある大手企業から、日本の金融機関の金融技術は、世界から2~3周遅れていると聞いた。具体的には何を持ってそのような発言が出たのか聞いたところ、それは「応用力とスピード力」だという。

 

 

何が、欧米と日本は違うのだろうか、考えてみた。 

ひとつの答えは、一口で言うと”Difference(違い)の「意味の違い」だ。日本は「違いは間違い(”Wrong”)」に通じることが多いことに対し、欧米は「違いは当たり前(“Respect”)」に通じることである。

 

 

そこで、日本で求められることは、「横並び意識を脱却し、人のやらない事をやる独自性の発揮と差別化経営へのスピードある転換」である。そのために我々は何をやらなければならないか。

(つづく)

 

 

2012/1/9 0:05

 

 

 

2012年1月 6日 (金)

「プロフェッショナル(プロ)」を考える(1)~職人とプロ~

 

最近「包丁研ぎのプロ」の話を聞いた。

 

『最初からプロなんて人はいない。』

 

『プロになりたかったら、最初からプロに習わなければダメ。』

 

 

『プロとは、本物と偽物を見分けられる技術。

 

 例えば、料理。食べてもらって、おいしい!と言われて喜ぶのはプロではない。

 

 「おいしい」は当たり前。その理由を言わせるようでなければ、まだ修行が足りない。』

 

 

『プロを育てるのは、道具と経験。本物の道具が命。本物とは産地と旬。』

 

『自分の体の一部になるほど物を大事にする心。私は砥石を育てている。』

 

『プロとは頭でなく、体で体得するもの。経験で覚える。失敗があり成長する。』

 

そしてこんな言葉に出会った。

 

『彫り3年、研ぎ4年。女房貸しても、砥石は貸すな。』

 

これは、永六輔氏が、研ぎ師から聞いた言葉(「職人」永六輔氏著・岩波新書)。

 

 

 

他に、こんな言葉が載っている。

 

『着物を着ることなら誰でもできます。

 

 着物を着こなすのは、誰でもというわけにはいきません。』

 

『徒弟制度の世界はモノも作ってきたが、ヒトも作ってきた。』

 

 

 

『むかしはせがれに他人の飯を食わせるということをやったもんです。

 

 職人や芸人なんか、とくにそうやって修行したもんです。

 

 マイホーム主義で親の手元で修行する例が増え、修行があまくなった。 』

 

どのような分野であれ、一芸に秀でるためには「専門性」が求められ、ゼネラリストでなく「スペシャリスト」としてその道を追求していくことが求められる。

では「専門性」とは何か、「プロ」とはどのような事ができる人か、具体的に説明できるだろうか。そんな思いで、上の「職人」の言葉を噛み締めると、何か共通する事が浮かび上がってくる。(つづく)

 

 

(2011/1/6  21:50)

 

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